上田市公文書館所蔵資料展「明治25年の上田町尋常小学校関係文書や大正5年の上田町役場位置変更文書などー明治から昭和の公文書にみる上田市の歴史ー」2024(3月10日まで・上田市公文書館)
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上田市東内の上田市公文書館は、第15回上田市公文書館所蔵資料展「明治25年の上田町尋常小学校関係文書や大正5年の上田町役場位置変更文書などー明治から昭和の公文書にみる上田市の歴史ー」を3月10日まで開いている。
観覧無料。
専門員による展示説明会を18日に行う。
上田町尋常小学校関係文書は、明治25年(1892年)の上田町「町会決議録」に保存された文書。
明治22年に市町村制が施行、第二次小学校令の制定から、市町村が尋常小学校の設置を行うことになった。
上田町でも小学校を建築するため、経費総額などが記されている。
上田尋常小学校は、現在の清明小学校の前身。
総額は「約8200円(当時の1円を現在の2万円と換算すると1億6400万円)」。活字が使用されている。
上田町役場の位置変更に係る長野県の許可文書は、大正5年上田町の「議事雑件編冊」に保存された関係文書。
明治11年に原町から置かれた役場は、現在の上田商工会議所のある「大手(新参町)」に大正5年に移転した。
当時の細川吉次郎町長から長野県の赤星典太知事に、元上田女子尋常高等小学校の跡に移転し、9月1日より事務を取り扱うという内容が申請され、県知事からの許可文書が毛筆で書かれている。
文書にある各種押印も興味深い。
上田女子尋常高等小学校は、洋風3階建で、そのまま役場に転用。
大正8年5月には市制施行で市役所となり、昭和42年まで使用された。
ほか、大正3年に小学校へ最後の上田藩主だった松平忠礼氏の夫人・豊子氏から日本百科大辞典が寄付されたことに関係する文書。
丸子町会に提出された事務報告書で、初代町長の下村亀三郎氏が逝去し、後任に丸子小学校校長であった柴崎虎五郎氏が就任したとする文書。
昭和10年の国勢調査に関係する公報記事、昭和27年の菅平硫黄採掘に関係する公報記事ーなどを展示している。
休館日は月曜と祝日の翌日。
展示説明会は両日とも午前10時、11時、午後1時、2時の4回、計8回で各回定員5人。
申し込みは電話かメール。
(電話)0268・75・6682。



