上田市で「水道創設100周年の記念式典」を7月7日に行う! ★記念展示を「アリオ上田」と「四阿流尾神社前」で開催中。
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大正12年(1923年)7月7日、上田市の「上水道落成式」が、千曲川河畔の水源地で行われた。
上田市では「水道創設100周年の記念式典」を、7月7日、午後1時半からサントミューゼ小ホールで行う。
記念した展示を現在、アリオ上田1階、線路側の入口付近、四阿流尾神社前で行っている。
「上田市誌」によると、市制前の上田町時代の大正2年に伝染病の発生防止や火災防止から上水道の敷設が最大課題になり、大正6年には上水道敷設計画が成案となった。
しかし、町に対する国庫補助ができない当時の制度や、第一次世界大戦による鉄の高騰で工事は延期に。
上田町では、明治30年から市制施行への動きがあり、大正8年5月1日、県内で3番目、全国で83番目の市となった。
翌年9月に内務省から工事申請書に対する許可が下り、工事が進められた。
水源は当初、神川に求めたが、千曲川に変更。
常入と神川村国分に集水埋渠を造成し、ポンプで神科村古里の染屋の濾過池に送水、配水池から自然流下で市内に配水することになった。
大正11年11月には海野町、松尾町、天神町通りに通水。
落成式前の水道使用戸数は、専用給水659戸、計量給水使用戸数512戸、共用給水戸数1775戸で、計2946戸。
全体戸数の約43%。総工事費は「85万円(大正12年の市の歳出が44万円)」の大事業だった。
神川からの取水は敗戦後になってから。染屋の濾過池と配水池は現在でも使用されている。
★アリオ上田での展示は
・水道事業の概要を説明する地図
・緩速ろ過方法の仕組みやろ過に欠かせないプランクトンの紹介
・急速ろ過方式の仕組み
・染屋浄水用の全景
・水道設置の工事の様子を撮影した写真など。
水道本管から給水管を分岐させる時に、断水させないで本管に穴を開ける「昔の工具」も展示している。
記念式典では、100周年記念映像の上映。
「安全で美味しい水をいつまでもー上田市営水道百年のあゆみー」と題し、上田小県近現代史研究会事務局長の桂木惠さんが、記念講演を行う。
今秋には染屋浄水場の見学会を予定している。



