上田法人会上田総支部が「理事会」2024と女性部の「幹事会」を開催!
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上田法人会上田総支部(桑原茂実部長)は理事会と、女性部(沓掛久美子部長)幹事会を、上田市の上田REIホテルで開催した。
「令和5年度事業報告」と「令和6年度事業計画」が承認された。
続いて上田税務署の職員から「定額減税のしかた」の税務研修があった。
上田商工会議所前会頭、酒富醸造(株)社長の栁澤憲一郎氏が「上田旧市内の学童疎開」と題して講演した。
上田市内の学童疎開は東京の杉並区と豊島区が多く、豊島区巣鴨出身の愛川欽也さんも市立北国民学校、大輪寺に疎開。
また、浅草区の永六輔さんは北佐久郡大井村国民学校(三岡)へ縁故疎開した。
仰高西国民学校3年と5年女児生徒が「観水亭(後のグリーンホテル)」から金昌寺に移った。
生徒達には食料難のためと言っていたが、軍部と三菱重工業関係者専用となったため追い出された。
昭和19年8月20日に芳泉寺には男児82人、観水亭には女児73人、青木村には男児123人、女児59人の学童集団疎開に出発したことが記載されている。
上田小県には、終戦当時、5千2百人。
上田市街には、560人もの学童疎開がいた。



