「今後の上田城跡保存活用計画」と「旧市民会館の解体」について「市民説明会」を開く! ☆上田市と上田市教育委員会
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上田市と上田市教育委員会は「今後の上田城跡保存活用計画」と「旧市民会館の解体」について「市民説明会」を、上田市中央公民館で開いた。
大勢が来場して多くの意見があった。
本丸櫓の復元について、古写真などがなくてもできる「復元的整備」に向けた文化庁との交渉を来年度早々に行うことを明らかにした。
4年間かけて調査など行い令和5年度に策定し、昨年11月に文化庁から認定された「史跡上田城跡保存活用計画」では概要を説明。
計画期間は10年間。
保存活用計画の大綱は「伝えよう未来に、尼ヶ淵の堅固な要害を」。
※文化庁認定の史跡上田城跡の場合の跡は「あと」と読む。一般的に跡は「せき」とも呼んでおり、一般的な読み方はどちらでもよい。
計画認定までの経過として、上田城跡が昭和9年に国史跡となった歴史。
国が「文化財は大切に保管する方針」から「保存しながら地域の誇りとして活用する方針」に変わった。
このことから上田市全体の「文化財保存活用地域計画」を令和3年に策定。
文化庁に認定を受け、全体計画に対して「文化財個々の保存活用計画」として、市内3つの「国史跡(上田城跡、信濃国分寺跡、鳥羽山洞窟)」から、まず上田城跡を対象に「次世代に継承するための保存、整備、活用、実施体制の方向性や方法を示す計画づくり」をしたことを説明した。
上田城跡で守るべき歴史的要素として、上田城が徳川から攻められても落城しなかった歴史的な価値。
仙石氏が行った復興、尼ヶ淵に石垣が残るなど遺構。
加えて、廃城後・明治以降に神社などができて市民の公園・シンボルとなってきたことなどを挙げている。
保存活用計画のエリアとして、現在の史跡や公園だけでなく、「小泉曲輪」、藩主館跡がある「三の丸」としている。
★課題として
▽史跡内の無耕作地など私有地公有化
▽真田期の遺構等確認
▽史跡外の追加指定の検討
▽史跡内でのイベント活用
▽史跡外でかつて城内であることの情報発信
▽史跡上田跡整備基本計画の「改訂(来年度末を目指ざす2度目の見直し。来年度、パブリックコメントなど行う。武者溜り、櫓について整備について具体化)」
▽老朽化している博物館の整備基本計画の策定
-など。
「文化財としての価値を皆さんに知ってもらう取り組みはもちろん、同時に親しまれている公園のため、史跡の整備一辺倒ではなく、イベントの開催や学校、生涯学習などと連携し、市民の皆さんの思いを体現させた整備をしたい。皆さんと話し合いを進めたい」と呼びかけている。
整備の方針・方法として、現在進行中の「二の丸東虎口」は旧市民会館を解体し、跡地に武者溜り、三十間堀を整備。
本丸内で現在ない4櫓や櫓門の整備については、国の史跡で復元に必要な古写真などの資料について懸賞金をかけて収集に努めているが、まだ見つかっていない。
古写真などがない場合に令和2年に示された「復元的整備」に向けて、今年度末までに資料を整え、来年度の早い時期に文化庁に交渉するとした。
昨年で閉鎖したテニスコートは、旧市民会館解体時の工事車両通路で活用するが、その後の整備は未定。
旧市民会館の解体については、旧市民会館を解体、隣接の舗装の剥ぎ取り、三十間堀の整備のため三吉米熊像を「移設(移設先はまた未定)」する。
二の丸橋は工事車両の重量に耐えられない。
そのため、解体した物の搬出するなどの車両ルートは、北駐車場入り口付近から旧テニスコートを横切り、博物館別館の西側を通って旧市民会館に至る道路をつくる。
道路はフェンスで区切る。そのため、市民や観光客は、二の丸橋から本丸に向かう場合、博物館別館の西側に設ける歩行者用の通路をう回して向かうことになる。
工事用の道路は7月から設置、解体工事は来年秋ごろまでの1年間を見込む。
解体工事では、現在の地盤面のレベル以下の地下にあるホールの一部などの構造物は史跡保存の観点から解体せずに残し、埋めて平にする予定。
会場からは「櫓を復元するスケジュール」「天守閣があったのではないかという指摘」「夜の公園内が暗いことから外灯の増設」「事業費」「案内板の老朽化」「車いすの人でも巡ることができる公園の施設、トイレのバリアフリー」「体育館の補修」「樹木のネームプレート」
-など、さまざまな意見や要望があった。



