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東信ジャーナル

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終戦直後、割腹自殺を遂げた「遊佐卯之助准尉(当時30歳)」と「妻子」の「慰霊の集い」が上田市手塚の「塩田の里交流館とっこ館」で開かれる。 ◆市民団体「特攻教官遊佐准尉並妻子慰霊の会」が主催 ◆市内の大学生と高校生による「平和プロジェクト上田」が取り組みの成果を発表

テーマ:上田市ニュース

【長野大の学生サークル「PeaceEdu.」の発表】
【上田西高校ECC国際平和チームによる紙芝居上演】
【上田西高校ECC国際平和チームが楽曲披露】
【山浦さん(左)のコーディネートで意見交流】
【遺族代表の森田さん】
【慰霊の会の工藤会長あいさつ】
【辞世吟詠】
【合唱】



 終戦直後の1945(昭和20)年8月18日、小県郡富士山村(現上田市富士山)の猫山で割腹自殺を遂げた「遊佐卯之助(ゆさ・うのすけ)准尉(当時30歳)」と「妻子」の「慰霊の集い」が命日の8月18日、上田市手塚の「塩田の里交流館とっこ館」で開かれた。

 市民団体「特攻教官遊佐准尉並妻子慰霊の会」(工藤真一会長)が主催。
 戦争について学び、次世代に継承しようと活動する市内の大学生と高校生による「平和プロジェクト上田」が取り組みの成果を発表し、参加者約70人が不戦を願って意見を交わした。

 遊佐准尉は上田市中之条にあった熊谷陸軍飛行学校上田分教場の教官として特攻隊員の訓練を担当。
 「君たちの命がなくなる時は私の命もない」と約束して真剣に訓練したといい、教え子を特攻に送り出した自責の念もあり22歳の妻、秀子さんと生後27日の長女、久子ちゃんを伴って自決した。

 長野大学の域に学生サークル「PeaceEdu.(ピース・エデュ)」は、上田地3回あった空襲や旧上田飛行場、松脂採取痕跡松など市内に残る戦争遺跡について発表。

 遊佐准尉は戦争が終わったのになぜ死ななければならなかったのかについて「『責任』と『約束』があったからでは。戦争は人々の価値観を変えてしまう」と考察し「現在でも世界各地で戦争が行われている。戦争を考えなくなると同じ過ちを繰り返してしまう。私たち若い世代ができることは戦争について学び、調べ、多くの人に語り継ぐことだと思う」と述べた。

 上田西高校ECC国際平和チームはAIを活用して創作した紙芝居「特攻教官遊佐卯之助物語 卯之助の約束」と楽曲「君たちと共に」を披露。
 今後は紙芝居の英語版や絵本の制作、楽曲は歌詞を英訳したり混声三部合唱バージョンを作りたいと報告し「絵本と音楽を通して上田で実際に起こった戦争について知ってもらい、その記憶を次の世代につなげていきたい。戦争を経験した方々の人生や思いを、いまを生きるわたしたちが受け取りこれからの未来へつないでいく、その積み重ねが平和につながっていくのではないかと思う」などと発表した。

 平和プロジェクト上田顧問で元長野大学副学長の山浦和彦さん(71)は「若者の感覚で次の若者に伝える意義は大変大きなものがある。未来を考えるには過去を知らなければならない。若者が戦争体験者から話を聞き、その現場に行って五感で感じたことを自分の生の声で伝えれば、若い子にはストレートに入っていく」などと話した。
 参加者からは旧満州で目撃したソ連軍侵攻時の状況や学校教育のあり方についての意見などが出た。

 長野吟詠明光会は遊佐准尉辞世を吟詠し、上田いずみ合唱団は大川秀一さん(86)=上田市住吉=が作詞、作曲した「星のほほえみ」など3曲を合唱した。

 遊佐准尉の妻、秀子さんの妹の長男、森田敏彦さん(68)=東京都昭島市=は「各地の慰霊の会は高齢化でほとんどないなか、こうしてお集まりいただけて感謝に堪えない。若い方に継承していただけることに強い希望を持っています」とあいさつ。

 同会事務局長の村山隆さん(79)=同市下之郷=は「今年のテーマ『未来への継承』はいまの時代が言わせた課題だが、きょうの若者たちの姿を見て未来は明るいと確信を持った。若者たちから大人はエネルギーをもらい若者も成長する。地域住民と若者との連携を大事にしていきたい」と語った。