上田市遺族会相談役の池内宜訓さん(86)=上田市西内=が「戦争を語る」。 ◆上田西高校で ★「ECC国際平和チームの探究活動」の一環
テーマ:上田市ニュース



前長野県遺族会長で上田市遺族会相談役の上田市西内、池内宜訓さん(86)は、同市下塩尻の上田西高校で「父との最後の別れ」と題して高校生らに「戦争体験」を語った。
戦争について学び、次世代に継承しようと長野大学の学生サークルとともに「平和プロジェクト上田」として活動する同校の「ECC国際平和チームの探究活動」の一環で開き、生徒ら30人余が耳を傾けた。
小県郡西内村(現上田市)で生まれ育った池内さんは32歳でフィリピンのセブ島で戦死した父、吉助さんとの思い出などを話し「平和がいかに大事なことであるか、戦争は絶対にしてはいけないということだけは、どうかどうか覚えておいてほしい」と訴えた。
30歳で招集された父が3カ月後、1泊だけ帰宅した時におみやげとしてもらった消防自動車のおもちゃを手にして「自分にとっては宝物。3歳の自分はひざに抱かれてうれしさと(別れの)切なさで泣きじゃくった」と述懐。
その後フィリピンからはがきが届き「暖かくて果物がたくさんあり、住みやすくていい所」とあったが、暁部隊の切り込み隊としてセブ島に配置され終戦の年の1945(昭和20)年1月30日に戦死した。
同居していた祖父が同年3月に病気で急逝し、5月に父の戦死を知らせる公報が届いた。
5歳だった池内さんは母親と村境の橋まで遺骨を受け取りに行き「白木の箱を首に提げて4kmの道を泣いて泣いて歩いたことはいまも忘れることはできない。白木の箱には1枚の紙があっただけだった」と振り返った。
その後は、母と祖母との3人の生活で、母は生きていくために米作りや養蚕に励み「大変な状況だった」とし「子どものころは片親ということで村の祭りで差別され、就職でも苦労した。戦争はいろいろなところに影響する」と語った。
同校2年の平沢日葵(ひまり)さんは「池内さんの話を聞いていたら、その場に自分がいたように感じた。家族が戦死したなんて心が痛い。戦争を起こしては絶対にいけないと実感した」。
3年の長倉晃大さんは「いまの若者は死という言葉を簡単に使うが、死にたくなかったのに命を落とした戦時中の人に失礼だと思った。大学に進んだら後世に伝えたり、世界に発信する活動をしたい」と話した。