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上田市出身で拓殖大学の関良基教授が「江戸の憲法構想日本近代史のイフ」を出版!

テーマ:上田市ニュース

【著作本を持つ関教授】

 上田市出身で拓殖大学の関良基教授が「江戸の憲法構想日本近代史のイフ」を出版した。
 関教授は幕末の上田藩主「松平忠固」や藩士で洋学者「赤松小三郎」の埋もれた業績を紹介する著作で知られる。

 関教授によると、江戸時代は憲法につながらないと思われている。
しかし、赤松が1867(慶応3)年、前福井藩主松平春嶽らに出した「建白七策」では、議会の選出方法とその機能、大臣の任命、国民の権利などが記されている。
憲法に書かれるべき基本的な事柄が記された「初期憲法構想」
といってよい内容。
現行の日本国憲法と比較しても理念的には、遜色のないものだと言う。

 このほか、長野県内では佐久龍岡藩主で五稜郭を築城した陸軍総裁(陸軍大臣)の「松平乗謨(のりかた)=のちの大給恒(おぎゅう ゆずる)=」も、徳川政権の要職にありながら赤松の建白書と同じ年、封建制を廃止し廃藩置州とでも呼び得る「憲法草案」を、徳川慶喜に建白している。

 また、乗謨はこのほど天皇皇后両陛下の長女愛子様が就職された日本赤十字社の前身博愛社を佐野常民と共に設立育成に貢献した人物でもある。

 しかし、幕末にこうした上田市や県ゆかりの人物が発信した憲法構想はまったく知られていない。
 江戸時代は封建社会で、徳川幕府はこの体制に固執し、日本が近代化できなかった。
 倒幕を目指す薩摩、長州、土佐藩らの新政府軍と旧幕府軍の戦いである戊辰戦争という内乱で、多くの人命が失われた明治維新は必要だったと結論付ける多くの歴史学者や幕末を舞台にした小説を書いた作家がいる。

 だが、幕末徳川側から発信された憲法構想の多くは後年の明治憲法よりもはるかに先進的な理念を持っている。
もしそれらが実現していれば、後年の太平洋戦争の悲劇は回避できたのではないかとも考えられると言う。

 そのほか数々の埋もれた史実一つひとつに光を当てながら「歴史のイフ」に正面から取り組みたいと意気込んでいる。

 発行所は作品社。
 上田市内の西沢書店で発売中。
 定価2200円(税別)。