東御市の滝沢祐一さん(73)「東部ニューギニア現地調査・遺骨収集派遣団」の一員として「パプアニューギニア独立国」で活動!
テーマ:とうみニュース
◆写真は滝沢さん提供








東御市本海野の滝沢祐一さん(73)は、昨年11月29日から12月12日まで「日本戦没者遺骨収集推進協会」の「東部ニューギニア現地調査・遺骨収集派遣団」の一員として「パプアニューギニア独立国」で活動した。
滝沢さんは東部ニューギニア戦友・遺族会の会員で、昨年11月に続き2回目の参加。
同協会職員らと9人で日本を発ち、現地スタッフとともにマダン州ボギア地区のゴリンゴルで28柱の遺骨を収集。
軍用基地があったアワールでは住民からの情報をもとに日本兵のものとみられる遺骨や軍用ヘルメットを確認した。
滝沢さんは「遺骨の数の多さに驚いた。まだまだたくさんの遺骨が残されており、早く日本の遺族のもとに戻してあげたいという思いを強くした」という。
東部ニューギニアは太平洋戦争の激戦地で、動員された日本軍およそ15万人のうち約12万7000人が戦死した。
孤立して補給がないなか灼熱の山中を徒歩で進み、飢餓やマラリアなどで命を落とした兵士も多かったとされる。
滝沢さんの伯父、誠一さんが所属した第四十一師団歩兵239連隊はニューギニア最後の組織的戦闘アイタペ作戦の主力部隊として参戦し、ほぼ全滅状態となった。
誠一さんは1945(昭和20)年に26歳で戦死した。
滝沢さんの父、光樹さんは亡兄を偲び、県ニューギニア会が松本市の護國神社で開く慰霊祭に毎年参加していたが、2016(平成28)年に91歳で他界。
滝沢さんは父の遺志を継いで県ニューギニア会に入会し、3年前からは東信地区代表幹事として活動している。
今回の訪問では昨年の訪問時に撮影した現地の子どもたちの写真をホルダーにして50個ほどを持参し、再会した子どもたちに手渡した。
子どもたちは遺骨収集の様子を近くに来て見ており、休憩時間になって滝沢さんがカメラを持つと「撮って、撮って」と笑顔で寄ってくるという。「子どもの笑顔は平和のシンボル。
5年後、10年後にはこの子たちが平和の架け橋になってほしいと願わずにはいられない」と滝沢さん。
滝沢さんは「現地に立ってみて、戦争の悲惨さを実感した。日本は80年の間、戦争がなく平和な国だったが、それは戦争で亡くなった人の犠牲の上に築かれたかけがえのない尊いもの。わたしたちはこのことを決して忘れてはならない」と話す。



