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田中康夫さん(93)=上田市=が「第100回春陽展祝賀会」で顕彰されて表彰を受ける!★美術団体の春陽会会員として50年以上の功績。

テーマ:上田市ニュース

【出品作品と田中さん。手には会員50年以上の表彰状】

 美術団体の一般社団法人・春陽会会員、田中康夫さん(93)=上田市中之条=はこのほど、同会員として50年以上の功績から「第100回記念春陽展祝賀会」で顕彰されて表彰を受けた。

 春陽会は大正11年、小杉未醒、足立源一郎、倉田白羊、山本鼎、梅原龍三郎らや、客員として石井鶴三、岸田劉生、中川一政らが参加して、院展洋画部と草土社が合流して設立。

 日本美術史で重要となる多くの画家が参加し、日本の風土と伝統に根ざした個性尊重の「各人主義」を継承。
 絵画部で約200人、版画部で約70人の会員がいる。
 会員で審査・運営している。
 今年、第100年記念春陽展が開かれ、田中さんはF40号水彩「女の子」を出品した。

 田中さんは両親とも上田市出身だが、学校教員だった父親の仕事のため神奈川県横浜市で生まれる。
 幼い時から描くのが好きで、描いた絵を父親が飾っていた。
 父親の両親が高齢になったことから、上田に戻り、上田の小学校に通った。
 小学5年の時に母親が亡くなり、とても悲しかったことや、幼い妹の面倒もあって学校に行けなくなったという。
 高校は夜間に通い、農業をしながら毎晩絵を描いていた。

 上田を訪れていた「岡鹿之助氏(1898-1978、文化勲章受章者)」に、音楽から湧き上がったイメージを描いた水彩画を見せたところ「来年の春陽会に出品してくだい」と言わた。
 初出品で初入選、奨励賞も受賞。
 春陽会に出品する中で、本格的に画家を志すようになった。
 岡氏に手紙で相談し、東京に出て来るようにとの返事があり、美術評論家での今泉篤男氏(1902ー1984)の自宅に住むことになった。
 しかし、今泉邸に住むことが心苦しくなり、8カ月ほどで転居。

 岡氏からは「大きなチャンスを逃した」と言われが、それが現在も描き続ける一番大切な言葉になっているという。

 その後、春陽会の知人の家や借家を転々とし、上田から画家を目指す人をしばらく泊めたこともあった。
 東京での暮らしには、上田で身に付けた上田城修復工事で懸魚を担当する「彫刻の技」で、仕事を得た。
 結婚から上田に家を建てて戻った。

 春陽展では「中川一政賞」と「安田火災美術財団奨励賞」をダブル受賞するなど活躍。
 会員に推挙された時、同じく岡氏から指導を受けた上田市の洋画家、池田輝氏(1932ー2005)が「ささや」で祝宴を開いてくれた。

 今回の表彰について「ここまで、できたという気持ちになる」と喜ぶ。
 出品した「女の子」については、3年ほど前に散歩中にあいさつをしてきた小学生が印象に残り、作品につながったもの。

 8月末で94歳になるが、背筋は真っ直ぐでとても若々しい。
 昨年は、詩吟の昇段試験で十段になった。
 日々の散歩や詩吟、食事はよくかんで食べて元気だという。