上田市の南波嘉正さん(87)が「焼夷弾の薬莢(やっきょう)」を上田招魂社に寄贈。 ★米軍のB29爆撃機が小県蚕業学校(現・上田東高校)に投下
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上田市下之郷の南波嘉正さん(87)は「焼夷弾の薬莢(やっきょう)」を上田城跡公園内の上田招魂社に寄贈した。
焼夷弾は、終戦前年の1944(昭和19年)12月9日夜、米軍のB29爆撃機が小県蚕業学校(現上田東高校)に投下したもの。
当時、憲兵をしていた南波さんの叔父、直幸さんが空襲の証拠品として持ち帰ったものとみられ、後年になって自宅で発見した南波さんがこれまで大切に保管してきた。
南波さんは「戦後80年が過ぎ、公共の場所で保管して大勢の人に見てほしいとの思いが強くなった」という。
薬莢は金属製の六角形の筒で、表面は茶色くさびてざらざらしている。長さは約50㎝、口径約8㎝。一方の先端は穴が開き、中は空洞。
上田招魂舎で開いた贈呈式には関係者17人が参加。
南波さんは「わたしの父は37歳でフィリピンで戦死した。いま何が欲しいかと問われたら父親に会いたい。戦争をすれば女性や子どもなど弱者が犠牲になる。戦争は絶対にいけません」とあいさつ。
上田招魂社では木製の説明板を作成。
設置場所はまだ未定だが、薬莢とともに展示する計画だ。
総代会長の池内宜訓さん(85)は「戦争遺産の焼夷弾を後世に伝えるためにお預かりして多くの皆さんに見ていただき、戦争を語り継いでいくことがわたしたちの務めだ」と述べた。



