ニュースの力で地域を良くする新聞社
東信ジャーナル

新聞購読のお申込みお問い合わせ

◇おことわり/催し等は新型コロナウイルス感染症対策のため中止または延期の場合がございますので主催者等にご確認ください。

上田藩6代藩主「松平忠固」について拓殖大学の関良基教授が講演!★上田市上野が丘公民館の「地域の偉人を学ぶ講座」

テーマ:上田市ニュース

【講演する関教授。手前は飯田さん手作りのかかし
【登場人物に合わせかかしを見せる飯田さん】

 上田市上野が丘公民館は、このほど地域の偉人を学ぶ講座を開いた。
 74人参加。
 同講座は今年2月から開講され、小河滋次郎、赤松小三郎、山極勝三郎に続き4回目。

 今回は、上田藩6代藩主、松平忠固について拓殖大学の関良基教授が講演した。
 会場には、上田市の飯田きみ子さんが作った忠固に関連する人物のかかし21体が飾られた。

 飯田さんは「関先生の書いた『日本を開国させた男、松平忠固』(作品社)を読んで本に登場する人たちをかかしにした」。
 今までで最も力を入れたという。
 飯田さんは、関教授の話に合わせ、登場する人物のかかしを持ち上げては参加者に見せた。

 関教授は「ペリーは今まで見た中で一番ペリーらしい」と、出来栄えをたたえた。

 関教授は冒頭「松平忠固は3度の失脚にも挫折せず強い信念をもって不死鳥のようによみがえるというドラマチックな生涯だった。大河ドラマの主役にふさわしい」と話した。

 忠固は江戸生まれ、江戸育ち。
 18歳で上田藩主になった。
 領内を回り「米作に頼るのは危険だ。山野を開墾して桑樹を栽培せよ」と養蚕業の振興を推奨。稲作中心の自給経済の脆弱さを認識していた。また、日米修好通商条約の交渉では大老、井伊直弼と対立。調印4日目に失脚した。最後の事業として上田の生糸の輸出に尽力。横浜開港を見届けて死去した」と話した。

 関教授は1969年上田市生まれ、京都大学農学部卒業。
「赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬られた立憲主義の夢」。「日本を開国させた男、松平忠固 近代日本の礎を築いた老中」ーなど出版。