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東北大の長谷部弘名誉教授らが「近世日本における市場経済化と共同性」を出版! ★蚕都上田の旧上塩尻村の家々の古文書を探し出し、蚕業の古文書、書物などを研究

テーマ:新刊情報

【報告をする長谷部名誉教授】

 近世以来蚕業の中心だった蚕都上田の旧上塩尻村の家々の古文書を探し出し、30年前から蚕業の研究をしている東北大の長谷部弘名誉教授らが「近世日本における市場経済化と共同性」近世上田領上塩尻村の総合研究Ⅱを出版した。
 著書は、蚕種市場の形成と発展、社会経済史的変化の姿を明らかにしたもので、A5籍770頁・刀水書房。

 出版を記念して国際比較研究会は、このほど上塩尻村研究会共催で公開シンポジウムを同市の上田東急REIホテルで開いた。
 上田市や小諸、坂城などから約50人参加。

 報告者は、著書を執筆した東北大の長谷部名誉教授、山形大の村山良之教授、近畿大の岩間剛城教授、京都産業大の山内太教授、新潟大の佐藤康行教授、愛媛大の高橋基泰教授の6人。

 ◇  ◇

 上田地方の蚕種業は、1780年代の天明の飢饉をきっかけに奥州福島の信達地方の蚕種業が低迷し始めた。
それと交代に市場を制覇し始め、幕末開港期まで国内蚕種業を主導した。
 その産地の中心が上塩尻村だった。
 最盛期には、同村の60%~80%の農家が蚕種の生産と取引に従事。
 特徴は自ら蚕種を生産しながら同時に仕入れと販売を行う「蚕種商い」。これは市場の景況変化に柔軟な対応力を持つ生業モデル。
 このことが他の蚕種業を制しながら新たに産地として成長していく要因となった。
 蚕種商いという市場活動を支えてきた上塩尻村内の制度的条件を土地市場と金融市場の分析を通じて明らかにできた。
 幕末期に作成された村内の家々の家系図が複数残されていたので村内同族団全体の分析ができ、この同族団的な共同性機能が市場経済にとって最後まで残る重要なものだったといえる。

 聴講に参加した上塩尻の藤本工業㈱の佐藤修一郎さん(71)は、曾祖父が明治41年に藤本蚕業(合名会社)を設立。
当時から残る膨大な蚕業の資料を研究者に提供。
 「文書、調書、建造物など貴重な資料がこれほど多く存在しているところは他に類をみないという。保存されている資料などを活用し、観光資源や文化財として後世に残したい」。

 上塩尻の菅沼性一さん(87)は「上塩尻が大切な場所だったことを地元はもとより県外など多くの人たちに知ってもらい、上田の発展に繋がってくれれば」と話していた。