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「満州開拓団」から奇跡的に生還した三井謙さん(94)=上田市真田町=から「体験談」を聞く。 ★上田市遺族会は、市内で開いた「戦没者遺族大会」のなかで 

テーマ:上田市ニュース

【満州での体験を話す三井さん】


 

 上田市遺族会は、市内で開いた「戦没者遺族大会」のなかで三井謙さん(94)=上田市真田町=から「体験談」を聞いた。
 「満州開拓団」として家族で中国東北部に渡り奇跡的に生還した。

 三井さんは「終戦前後のことはいつも頭の中にこびりついていて、思い出すと悪夢のように心が苦しくなる。戦争は勝ち負けに関係なく、人の命をおびやかす最悪の不幸。戦争は絶対にいやです」と訴えた。

 昭和17年4月、小学校3年生の時に家族とともに満州に渡った。

 三井さんは「到着した勃利(ぼつり)は寒い時はマイナス40度になり、川の水は波打ったまま凍っていた」などと紹介。
 しかし、貧しくとも平和な日々は昭和20年8月9日のソ連参戦で一変。
 残務整理のために残った父と別れて開拓団の仲間とともに徒歩で南下したが、日本軍の基地がある林口で爆撃を受け、姉と2人だけで取り残された。
 親切な日本人に助けられ父とも奇跡的に再会できたが、川に沿って歩いていると川上からたくさんの人の死体が「ぷかりぷかりと流れてくる」のを見たり「満州人やソ連軍に殺されそうになったら自爆しろ」と1人ずつ手榴弾を渡されたりもした、などと述懐。
 葫芦(ころ)島から船に乗って佐世保港に着き、わが家にたどり着いたのは昭和21年10月だったという。

 帰国後は中学、高校、専門学校で学び、看護師として勤務した。
 「仲良く過ごした友だちの半数以上は満州の土になっている。その人たちの分まで頑張ろうと思って、いままで過ごしてきた。いまは感謝の気持ちで生きている」と語った。